現代のビジネス環境は、かつてないスピードで変化しています。グローバル化の進展、テクノロジーの発展、予測不可能な出来事の連続は、私たちに大きな課題を突きつけます。この激動の時代を生き抜くには、一人ひとりの力だけでは限界があります。だからこそ今、「協力」の重要性が高まっています。
1. 激動の時代を生き抜くカギは「協力」にあり
1.1 イノベーションと適応力を生み出す協力の力
激動の時代を乗り越えるには、イノベーションと適応力が不可欠です。そして、それらを生み出すのが「協力」の力です。
協力には、情報共有や学習を促進し、組織の適応力を高める効果があります。多様な視点が融合することで、革新的なアイデアが生れます。
ハーバード大学の研究では、協力的な環境で働くチームは、そうでないチームに比べて、アイデアの数が2倍、質が3倍も高かったという結果が出ています(Baudry & Giannotta, 2017)。多様な視点が交わることで、新しい発想が生まれます。
Baudry, E., & Giannotta, G. (2017). The impact of collaboration on creativity: A review of the literature. Harvard Business School Working Paper, No. 18-024.
また、協力は問題解決力も高めてくれます。一人では見えなかった解決策も、みんなで知恵を出し合えば見つかるかもしれません。困難な課題にぶつかっても、仲間と協力すれば乗り越えられたというケースは多くの人が経験します。
1.2 協力が会社の業績を左右する!? 驚きのデータ
実は、協力は会社の業績にも直結しています。
デロイトのグローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド2018の調査では、協力を重視する企業は、そうでない企業に比べて、市場シェアが5倍、顧客満足度が7倍、従業員エンゲージメントが4倍も高いという驚くべき結果が出ています。
Deloitte. (2018). The rise of the social enterprise: 2018 Deloitte Global Human Capital Trends.
協力的な環境では、従業員のモチベーションが高まり、お客様への対応もより良いものになります。その結果、顧客満足度が上がり、売上アップにつながります。また、従業員同士の協力が進めば、業務の効率化や問題解決のスピードアップも期待できます。
さらに、協力的な企業文化は、優秀な人材を引き付ける磁石にもなります。働きがいのある職場として評判になれば、志望者が増え、採用力も高まるでしょう。
このように、協力は会社の成長と発展に欠かせない要素です。では、協力を生み出すためには何が必要なのでしょうか。次の章では、その秘訣に迫っていきたいと思います。
2. 心理的安全性が崩れると、協力も崩壊する
2.1 グーグルが明らかにした心理的安全性の秘密
協力を支える土台となるのが、「心理的安全性」です。心理的安全性とは、対人的なリスクを恐れずに自分の意見を言えるチームの雰囲気のことを指します。
グーグルが行った「プロジェクト・アリストテレス」では、180以上のチームを2年間にわたって調査しました。その結果、心理的安全性のスコアが低いチームは、協力のレベルが低く、パフォーマンスも芳しくないことが明らかになりました。具体的には、心理的安全性のスコアが下位20%のチームは、上位20%のチームに比べて、協力のレベルが50%以上低く、パフォーマンスも30%以上低いという結果が出ています(Rozovsky, 2015)。
Rozovsky, J. (2015, November 17). The five keys to a successful Google team. re:Work. https://rework.withgoogle.com/blog/five-keys-to-a-successful-google-team/
つまり、心理的安全性は、協力を生み出し、高いパフォーマンスを達成するための必須条件だということです。イノベーションと適応力を発揮するには、心理的安全性が不可欠なのです。
2.2 心理的安全性が欠けると、組織は内側から壊れていく
心理的安全性が欠如すると、組織は内側から崩壊していきます。その代表的な事例が、エンロンとウェルズ・ファーゴです。
エンロンは、エネルギー関連事業を展開するアメリカの企業でしたが、2001年に倒産しました。その原因の一つが、不正な会計処理や内部統制の欠如でした。社内では上司に意見を言えない雰囲気があり、問題を指摘できる人がいなかったのです(McLean & Elkind, 2004)。
McLean, B., & Elkind, P. (2004). The smartest guys in the room: The amazing rise and scandalous fall of Enron. Penguin.
ウェルズ・ファーゴは、アメリカの大手銀行ですが、2016年に不正口座開設問題が発覚しました。行員が顧客に無断で口座を開設していたのです。この問題の背景には、上司への忖度や、厳しすぎる営業ノルマがありました(Frost & Giel, 2016)。心理的安全性が失われた結果、不正を指摘できる人がいなくなってしまったのです。
Frost, W., & Giel, D. (2016, September 8). Wells Fargo fined $185 million for creating unauthorized accounts. NBC News. https://www.nbcnews.com/business/business-news/wells-fargo-fined-185-million-creating-unauthorized-accounts-n64
このように、心理的安全性が欠如すると、表面的に問題が見えなかったり、売り上げが伸びているように見えても、問題は解決されないまま蓄積していきます。やがて、それが組織全体を揺るがす大きな問題へと発展するのです。
協力を生み出し、イノベーションを促進するには、心理的安全性が欠かせません。では、心理的安全性を高めるにはどうすればいいのでしょうか。次の章では、その方法について探っていきたいと思います。
3. 心理的安全性を高めたいなら、強制はNG
3.1 「意見を言え」と言われても、言えないワケ
心理的安全性を高めるためには、どのようなアプローチが有効なのでしょうか。まず、注意しなければならないのが、強制的なアプローチの弊害です。
例えば、「自由に意見を言おう」「失敗を恐れずにチャレンジしよう」といった掛け声をかけたり、「心理的安全性を高める発言をしましょう」と促したりすることがあります。しかし、このような強制的なアプローチは、かえって逆効果になることがあるのです。
人は、「自分の発言は本当に心理的安全性を高めるだろうか?」と考えてしまい、発言をためらってしまうかもしれません。また、「心理的安全性を下げてはいけない」というプレッシャーを感じ、発言によるリスクを恐れるようになるかもしれません。
アメリカの心理学者であるエドガー・シャインは、「強制された心理的安全性は、真の心理的安全性ではない」と指摘しています(Schein, 2013)。
Schein, E. H. (2013). Humble inquiry: The gentle art of asking instead of telling. Berrett-Koehler Publishers.
つまり、強制的に心理的安全性を高めようとすると、かえって心理的安全性を損なう可能性があるのです。では、どのようにすれば、心理的安全性を高められるのでしょうか。
3.2 自然と心理的安全性が高まる環境づくりが大切
心理的安全性を高めるためには、強制ではなく、自然と心理的安全性が高まる環境を作ることが大切です。そのためには、組織の文化や風土に着目する必要があります。
ハーバード大学のエイミー・エドモンドソンは、心理的安全性を高める組織文化の特徴として、「学習志向」「多様性の尊重」「失敗の許容」などを挙げています(Edmondson, 2019)。学習志向の文化では、失敗から学ぶことが奨励され、リスクを恐れずにチャレンジできます。多様性が尊重される文化では、異なる意見や背景を持つメンバーの存在が価値づけられ、建設的な議論が生まれやすくなります。そして、失敗が許容される文化では、メンバーは安心して新しいことに挑戦できるのです。
Edmondson, A. C. (2019). The role of psychological safety: maximizing employee input and commitment. Leader to Leader, 2019(92), 13-19.
このように、組織の文化や風土に着目し、自然と心理的安全性が高まる環境を作ることが、心理的安全性を高めるための鍵となるのです。個人の態度も重要ですが、それ以上に、組織全体の環境づくりが欠かせません。
では、具体的にはどのような方法があるのでしょうか。次の章では、「コアデザイン原則」という、協力を生み出すための強力な方法論を紹介したいと思います。
4. 「コアデザイン原則」が協力を呼び覚ます
4.1 コモンズの悲劇とは
協力を生み出すための有力な方法の一つが、「コアデザイン原則」です。これは、ノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロムが提唱した、自発的な協力を引き出すための原則です。
オストロムは、世界中の共有資源(コモンズ)の管理について研究しました。コモンズとは、森林や牧草地、灌漑システムなど、特定のコミュニティによって共同で管理される資源のことを指します。
これらの資源は、誰もが自由にアクセスできるため、乱獲や過剰利用によって枯渇してしまう危険性があります。これは「コモンズの悲劇」と呼ばれる問題です(Hardin, 1968)。
Hardin, G. (1968). The tragedy of the commons. Science, 162(3859), 1243-1248.
4.2 コアデザイン原則の発見
しかし、オストロムは、コモンズの利用者たちが自発的に協力し、資源を守るためのルールを作ることで、この問題を回避できることを発見しました。そこには、一定の条件があることがわかったのです。
オストロムは、長期的に持続可能なコモンズの管理に成功している事例を分析し、8つの設計原則を導き出しました(Ostrom, 1990)。これが「コアデザイン原則」です。例えば、資源の境界を明確にすること、ルール作りにメンバー全員が参加すること、ルールの遵守状況を互いにモニタリングすること、違反には段階的な制裁を設けることなどが含まれます。
Ostrom, E. (1990). Governing the commons: The evolution of institutions for collective action. Cambridge University Press.
この原則は、コモンズの管理だけでなく、組織内の協力関係を築くためにも応用できると考えられています。なぜなら、コモンズの管理も組織運営も、メンバー同士の協力関係を作るという点で共通しているからです。コアデザイン原則は、自発的な協力を引き出すための条件を明らかにしており、その知見は組織にも当てはまるのです。
4.3 コアデザイン原則が生み出す協力と心理的安全性
コアデザイン原則に基づくことで、メンバーは自分たちでルールを作り、主体的に守っていくようになります。また、互いの行動をモニタリングし、建設的に議論することで、信頼関係が深まります。その結果、メンバーは安心して自分の意見を言えるようになり、多様な視点を受け入れ、リスクを恐れずにチャレンジできる環境が生まれるのです。つまり、コアデザイン原則が、協力と心理的安全性を高める土壌を作っているのです。
次の章では、コアデザイン原則がどのように組織を変革するのか、具体的な事例を交えて見ていきましょう。
5. コアデザイン原則が組織を変える! 実例に見る変革
5.1 コンサル会社の場合
コアデザイン原則を導入することで、組織は大きく変わることができます。その一例が、あるコンサル会社の事例です。
この会社では、新規採用者の大量離職が大きな問題となっていました。そこで、コアデザイン原則に基づいて、「チーム作り」に着目した取り組みを始めました。
まず、メンバー全員で行動規範を作成し、その中に「反対意見の積極的発案」を盛り込みました。これにより、メンバーは自分の意見を言いやすくなり、多様な視点が取り入れられるようになりました。
また、ルールの遵守状況を定期的にチェックする仕組みを導入し、問題があれば、メンバー同士で話し合って解決策を探るようにしました。この取り組みを通じて、メンバー間の信頼関係が深まっていきました。
その結果、この会社では心理的安全性が高まり、メンバーは自由に意見を言えるようになりました。組織の雰囲気も変わり、新規採用者の定着率も大幅に改善。離職者数が減少しました。
5.2 工場の場合
コアデザイン原則は、製造業の現場でも大きな効果を発揮します。ある工場では、メンタル不調の増加が深刻な問題となっていました。
そこで、ストレスレベルの改善を目指して、コアデザイン原則に基づく取り組みを始めました。メンバー全員で目標を設定し、行動計画を立てました。部門間の連携を強化するルールも作りました。
その結果、メンバーのモチベーションが高まり、部門間の協力が進むようになりました。また、ルール違反への対応方法を明確にしたことで、メンバーの規律意識も高まりました。
さらに、定期的な話し合いの場を設けたことで、メンバー同士の信頼関係が深まり、協力体制が強化されました。
こうした取り組みによって、この工場では心理的安全性が高まる環境が整えられました。メンバーは自分の意見を言いやすくなり、部門間の協力が進むようになったのです。その結果、これまで多くの人のストレスの原因となっていた部門間の軋轢が少なくなり、メンタル不調が減少も改善しました。
5.3 行動が変われば、心理的安全性は高まる
これらの事例から明らかなのは、コアデザイン原則に基づく行動変化が、心理的安全性を高める環境づくりにつながるということです。
メンバー全員でルールを作り、主体的に守っていくこと。互いの行動をモニタリングし、建設的に議論すること。そうした具体的な行動変化を通じて、組織内に協力を促す環境が生まれ、心理的安全性が高まっていくのです。
コアデザイン原則は、協力関係を作るための具体的な行動指針を提供することで、組織変革を助けてくれます。一時的な取り組みではなく、継続的な改善と組織文化への定着が重要です。コアデザイン原則を組織の文化や価値観に織り込むことで、協力を重視する組織へと変革していくことができるでしょう。
6. コアデザイン原則が示す、競争優位への道
6.1 競争優位の源泉は、実は協力だった
激しい競争環境の中で勝ち残るためには、イノベーションと適応力が欠かせません。そして、それらを生み出す源泉こそ、組織内の協力なのです。
コアデザイン原則は、自発的な協力を引き出すための具体的な方法を提示してくれます。メンバー同士が協力し合える環境を作ることで、組織の創造性と適応力を高められるのです。
では、なぜ協力が競争優位につながるのでしょうか。それは、協力があってこそ、多様な視点の融合と、柔軟な問題解決が可能になるからです。
多様性を尊重し、建設的な議論ができる環境では、画期的なアイデアが生まれやすくなります。また、問題に直面した時も、メンバーが力を合わせて解決策を見出していけます。
つまり、協力は、イノベーションと適応力を支える土台なのです。だからこそ、競争優位を目指す組織は、協力関係の構築に注力すべきと言えます。
6.2 コアデザイン原則で組織変革を進めよう
とはいえ、協力関係を築くのは簡単ではありません。特に、既存の組織文化や慣習に阻まれることもあるでしょう。
しかし、コアデザイン原則は、そうした障壁を乗り越えるための道しるべとなります。自発的な協力を引き出す環境条件を整えることで、組織変革を進めていけるのです。
ただし、変革には時間がかかります。一朝一夕にはいきません。コアデザイン原則を導入しても、すぐに効果が出るとは限りません。
大切なのは、長期的な視点を持ち、粘り強く取り組み続けることです。トライ&エラーを繰り返しながら、自社に合ったやり方を見出していく必要があります。
そして、変革を進める過程では、メンバーの主体性を尊重することが欠かせません。トップダウンで強制するのではなく、メンバー自身が変革の意義を理解し、自発的に行動できる環境を作ることが重要です。
6.3 協力の力を解き放て! 競争優位を目指す組織へのアクションプラン
では、協力の力を引き出すために、どのような一歩を踏み出せばいいのでしょうか。ここでは、3つのアクションプランを提案します。
第一に、組織内のできていることを集めることです。協力がうまくいっている事例や、心理的安全性が高い部分に着目しましょう。
できていないところを探すのではなく、できているところに注目することが大切です。なぜなら、できている部分には、協力を生み出す何らかの要因があるはずだからです。その要因を特定し、他の部門にも広げていくことで、組織全体の協力関係を強化できるでしょう。
第二に、コアデザイン原則を自社の文化に合わせてカスタマイズすることです。8つの原則をそのまま適用するのではなく、自社の状況に合わせて調整することが大切です。
第三に、小さな一歩から始めることです。全社一斉に導入するのではなく、まずは一部の部門やプロジェクトから始めてみましょう。小さな成功体験を積み重ねながら、徐々に適用範囲を広げていくことが重要です。 競争優位を築くためには、協力関係の構築が不可欠です。コアデザイン原則を道しるべとして、組織変革に取り組んでみてはいかがでしょうか。協力の力を解き放つことで、イノベーションと適応力の源泉を手に入れることができるはずです。